四月の末、連休直前の奈良へ古寺仏を訪ねる。三日間の滞在のうち前二日はしとしと雨が降っていたが、それでも修学旅行の季節、秋の天高い古都しか見たことの無い自分にとって日ごろ東京の雨空に感じるような憂鬱はなく、むしろ新鮮な心持がした。
かつて「凍れる音楽」と評された薬師寺東塔や世界最古の木造建築たる法隆寺など、見るべき建造物も多い中で今回特に印象的だったのは東大寺南大門である。
陽が落ちてから散歩がてらふと通りがかると、夜の南大門の壮麗さに驚いた。昼間の勇壮な姿はそのまま、それが華美な電飾は一切なしに門の左右両側に懸けられた大きな菊の御紋の提燈だけに照らされて、生々しいほどの生気を帯びている。実際、あのすっかり剥げ落ちてしまった柱の丹や古びた瓦が、陽の下で見るよりも断然輝きを増して、在りし日の姿をよみがえらせたかのようにみえる。
伽藍という空間の中に於いて眺めなければおそらくその魅力も半減してしまうだろう寺院の堂塔とは違い、一棟だけでここまで堂々としている南大門の威厳には目を見張るものがある。「天竺様」と称されるこの鎌倉時代の日本独自の建築様式において特に目立つのは、軒の重さを支えるために幾段にも重なって前方へせり出していく「挿肘木」と、「貫」と呼ばれる水平材の多用である。
門をくぐろうとすると、思わず身体が縮みあがるような心持がする。それほどまでに厳かなのだ。何も無いただの空間が区切られることによって聖域へ変じるという、なにやら呪術めいたものを感じる。門の下に立つと左右にて阿吽とする金剛力士像に目を奪われがちだが、こと南大門においては天井が張られていないから、見上げれば屋根裏までまっすぐに伸びる巨大な柱と、この柱同士をつなぐ無数の貫の織り成す構造体が見るものを飽きさせない。屋根の重量を支えるために考案された仕組みがそのままデザインとしてまかり通る、日本建築における実用美の粋であるとさえ思う。
日出アキラ
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